関東地方を支配していた後北条氏が三島市から函南町桑原の山地に造った山城が山中城です。
山中城跡の内、南端の岱崎出丸は函南町桑原に属しますが、整備事業は三島市が担当しています。
岱崎出丸は、天下統一を進めた豊臣秀吉との戦いに備えて、急きょ造られた出丸ですが、未完成のうちに戦いが始まり、守備勢が薄く、半日の戦いで攻め落とされました。
Information
- あり・無料・44台
- JR東海道線・三島駅からバスあり
- あり
見どころ
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御馬場堀
御馬場周囲の急傾斜の箱根ローム層を手掘りした堀で、畝の部分は掘り残したものです。
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御馬場曲輪
出丸の司令塔としての機能を持たせた曲輪が広がります。
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一ノ堀
西向きに、攻撃軍を阻止する最初の畝堀が作られました。
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擂り鉢曲輪
一ノ堀を越えてきた攻撃軍がすり鉢の底に滑り落ちて、溜まっている水で動きを鈍くする目的で造られました。(今では、安全のため、底上げしてあります。)
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物見櫓
西から東海道から攻め上ってくる軍勢を物見するために造られた小さな櫓です。
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畝堀(うねぼり)
西の丸近くの畝掘りに北条流・築城術が発揮されています。
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箱井戸(はこいど)
山城の生命線である貴重な湧き水を溜める池で、飲用水として使われたそうです。
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田尻(たじり)の池
一段低い池は、馬の水飲み場や洗い場につかわれたそうです。
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旧東海道・石畳
山中城址公園下の東海道の一部には石畳が復元されています。
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芝切(しばきり)地蔵・芝塚(しばづか)
山中新田の入口にある地蔵堂の横には、芝を積み上げた芝塚があります。