• 水力発電所跡     
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明治36年1月、静岡県で3番目となる水力発電所が、平井で営業を開始しました。この発電所は、駿豆電気株式会社が、都市電燈事業に参入するために、ドイツのシーメンス社の発電機を設置して始めました。

水力発電所跡引用: 世古祐三著【ふるさと函南の学習その1】P24
地域
平井
名称
水力発電所跡
分類
産業遺産・水力発電所
住所
静岡県田方郡函南町平井

 明治40年までの4年間は、田方郡三島町、熱海町と駿東郡沼津町に電力を供給する県下一の水力発電所だったそうです。当時は、日清・日露戦争によって、我が国の産業は急速に近代化され、工業化の流れが拡大していった時代ですから水力発電所が各地に建設された時です。4年間ではあっても、県下一の水力発電所を作り、新しい電気事業に参入していった函南村・三島町・清水村の起業家たちの先見性・実行力は素晴らしいものでした。

 明治39年には、駿豆電気株式会社は三島-沼津間に静岡県で初めての電車を運行することになりました。このように事業拡大に伴い発電量の増加が必要となり、2台目のドイツ製発電機を据えつけたり、中伊豆の梅木に水力発電所を作りました。

 大正7年丹那トンネル工事が始まってから、柿沢川の水量が減り始め、やがて発電不能となり、昭和9年には平井水力発電所はその役目を終えました。

 平井の水力発電所の遺構は、残念ながらほとんど残っていません。また水力発電所に関する写真も見当たらないそうです。


Information

 
なし
 
なし

見どころ

  • 取水堰
    取水堰

    ⑨柿沢川の流れを石積みの堰堤でせき止めて、右端の取水口から発電用の水を取水しました。水量が多く、取水口の水路から水があふれています。(この水路の流れは未調査) 明治41年時点では、28m3/秒の取水をしていたようです。 石積みの堰堤の上流には、新しいコンクリート製の砂防ダムが設けられています。

  • 水路橋?
    水路橋?

    柿沢川の取水堰の下流には、橋の代わりに、道路の下に埋められた土管の中を川水が流れています。

  • 水圧鉄管
    水圧鉄管

    ⑤道路と石積みの境の草むらに少し顔を出している錆びた物体が水圧鉄管の遺構です。上に見えるコンクリート土管は、当時の物ではありません。

  • 発電所跡付近
    発電所跡付近

    ②水力発電所があったと思われる場所ですが、埋められてしまったようです。(私有地なので、立ち入り調査はしていません)


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